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2008年01月18日(金)

ロスタイム

バイスティックの7原則にも含まれる、社会福祉を目指す者として当たり前中の当たり前なこと。


それが受容と共感。


簡単に言ったら

相手を受け止め、同じ気持ちになること。



簡単なようで難しいんです。




さっきまで授業中にホスピスケアやターミナルケアについて勉強していたんですけど、常に患者とその家族の考えが同じであるとは限らない。



患者が「死にたくない」と言っても、人は生物学的に100%死ぬときが来る。

それを支える家族は患者に死んで欲しくないと思っていても、精神的・肉体的・経済的に苦しい思いをする。




逆に
患者はもぅ治療が嫌で死にたい、もしくは死んでもいいと思っていても、家族は生きていてほしいと思っている。



よくある葛藤ですよね。





実際、私自身は自分の命に執着がないから植物人間とかになるようなことがあれば延命治療はしないでほしいと家族に伝えています。

親もまた、延命治療はいらないと言っています。






でも、ホントに延命治療をやめるような決断を家族の立場からホントにできるかは不安です。

少しでも生きていてほしいと願うかもしれない。

本人ももしかしたら生きていたいと思っているかもしれない、と思ったらその命を終わらせることなんて家族にはできない。








みなさんも少しだけでいいので考えてみてください。




もしも大切な人が末期ガンで苦しんでいる状況を。

植物状態になった家族を。

自分が今にも死にそうになっているときのことを。

自分の意識がないときにただダラダラと延命だけされている状態を。







ちょっとでもイメージできたら、きっと自分の死について考えられると思います。









ガンの告知をされて

「人生のロスタイムを生きてる気分だ」

と言っている本を見たことあるんですけど、それはちょっと違うかなって私は思いました。



残りの制限時間が短い、ということを言いたいんだということはわかります。







でも





“人生は生命として生まれたときからロスタイム”

お母さんのお腹の中から出てくる前からずっとロスタイム。

いつ、どの瞬間に終わるかわからないゲームのよいに、終わりは目の前にあるもの。


だってガン告知されたから命は終わる訳じゃない。

ガンじゃなくても私たちはいつ死ぬかわからない。






…そぅ思った方が人生を精一杯生きようと思えるのではないでしょうか?
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